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僕に‘運命’はあたかも‘偶然’の事のように訪れた③

‘兄さん、ジヌションの子役 
    ちょっと やってみる?’





 小学校3学年の時、少しの間 叔母さん宅で過ごしたことがある。
両親二人とも忙しかった時期なので叔母さんにしばらく任せたようだった。
 当時、一緒に過ごした従兄弟が演技学院に通ったので
見知らぬ町内や一人で遊ぶのも退屈でそれほどする事もなくして
友達について江南に行くかのように演技学院に通うようになった。
10歳頃の僕は人なつこさも無くて、恥じらいを多くもつ
内省的(←内向的の意)な子供であり
当然、演技にはこれっぽっちも関心がなかった。
音楽を聴いたり、ピアノを弾くこと以外には好きな事もなくて
誰かが‘将来 大きくなったら何になりたいの?’と尋ねでもすれば
顔が儲けるように負けたまま、その時その時どうにか言い逃れたりした。

 そんなある日、友人の一言が僕の人生を根こそぎ変えることになった。
演技学院で親しく過ごした友達がいて、僕より1歳幼かったけれど
関心事も似ていて性格もとても合い 兄弟のように過ごした奴だった。

‘兄さん、オーディション見ないの?’
‘オーディション? 何のオーディションだって?’
‘うん。ジヌションっていう・・・ 兄さん 知ってる?
その歌手の子役で、僕がジヌの役割に合格したんだよ。
それで ション役をする子役が1名さらに必要なんだって。’

 ジヌションという言葉に耳がパッとそばだった。

‘ジヌションの子役? それ何をするんだって?’
‘うん。その兄さん達が出てくるミュージックビデオに、
兄さん達の幼かった頃の姿で出て来るんだ’

 その友人はそのままやり過ごす言葉で‘一度 やってみる?’
というように薦めたのであった。
 だけどその瞬間、僕の頭の中ではピカ!として電流が流れた。
他の歌手でもなく、僕が本当に好きなジヌション兄さん達とは!
小学生の年齢でも‘(自分の)兄さんと同じ年頃の音楽’にだけ
はまって生きた僕には、ジヌションはそれこそ崇拝の対象だった。
歌詞やラップ、ちょっとした動作まで完璧に暗記しているから
我こそは‘準備された子役’に違いなかった。

 演技学院に通う友人達は大部分ドラマや広告CFに出演する事を
目標にするので、音楽を特別に好んだり、特にヒップホップのような
ジャンルの音楽を楽しく聴く子ども達が それほどいなかった。
踊りでもラップみたいなものにも関心がある訳がなかった。
 僕は生涯初めて 何か強烈に願うものを握り締めることに「決心」した。
もじもじして躊躇すれば、永遠に二度と訪れてこない機会だった。
人なつこさがない子供、自身が何を望むのかよく分からない子供から
‘心臓が指し示す方向を向いて跳び上がる子供’へ変身した瞬間であった。
僕は渾身の力を尽くしオーディションを準備した。
動作を習って、ラップをまた完璧に覚えて、ション兄さんとは全然違う
表面(外見)の所有者だったが 表情までも同じように真似て
まるで僕自身のソロ舞台を準備するようにオーディションを準備した。
 そして・・・。僕はオーディションに合格した。
当然の結果だったかもしれなかった。
(見た目が)似たように出来た子供は探すことが出来たかもしれないが
似た浮気心(?)と熱望を持ったションの縮小版は探すのが難しかったからだ。
 今かえりみれば その時から僕は‘熱情と執念だけ持てば
やり遂げられない事はない’という信念をもつようになったみたいだ。
演技学院で誰も注目しなかった子供、恥じらい多くて何ひとつ上手くやったり
引き立って見えることが無かった子供は
そのオーディションを契機に再び生まれ変わった。

 期待に満ちて到達したミュージックビデオの撮影現場は
僕が経験していなかったまた別の世界だった。
音楽を好んで聴くことにだけに満足した僕は、直接
音楽を創造して表現する楽しさを間接的ながら味わう事ができた。
バスケを見学する事とバスケコートに直接飛び込む事は厳然と違う。
よどみなく四方へ跳ねる汗の滴と裂けるような心臓の鼓動音
手を触れれば火傷するような熱い体温が本物だ。
 直接 ミュージックビデオで着るヒップホップの衣装を選んで
ラッパーの表情と身動作を表現しながら、僕はアーティストになる事の楽しさ
そのピリっとしてなまぐさい空気を微かに吸い込んでしまった。
たとえ僕の声が入っていかなくても、僕は本当に
歌手になるように 小さい手と足と口をまめに動かした。
その瞬間‘歌手’という運命的霊魂が 僕の手と足と口を介して
僕の中に流れ込んでいったみたいだ。
 
 その前まで僕にある‘人生’とは 
与えられた通り着実にやり 誠実に歩いていけば
いつかは足を踏み出すことになる未知の世界だった。
人々が尋ねるたびごとに礼儀上で答える僕の夢は
‘ピアニスト’や‘音楽の先生’だった。
お母さんは僅かな才能を見せる僕にピアノを買って下さって
バイエルとチェルニー教本を実力が向上する速度に合わせて
きちんと供給してくださった。それ以前まで僕にある人生は
そんなピアノ教習のように両親のお言葉をよく聞いて
着実にやっていけば、1段階ずつ昇っていける階段とも同じだった。
のしのしとあの高いとこへ2,3階段ずつ跳ね昇ることなんて
‘小心な(臆病な)’僕にとっては想像もできない事だった。
 だけど この世の中には‘僕がつくっていける世界’があった。
与えられた階段をつかつかと昇って行く程度ではなく
僕が創造し出して僕が作っていけるワンダーランドがそうだ。
そして、その世界の門をひらく事は完全に僕の役割であった。

 僕はその日のミュージックビデオ撮影の瞬間の
胸のドキドキを骨の中に深く刻んだ。 そして今まで
一度の瞬間もその感じ(感覚)を忘れたことがない。










私の記憶の中では・・・


ヨンベ話の中で






この回が 何気に 


1番訳しづらい表現が


多かったと思います







なので 冒頭から


意味不明な訳になってしまって


自分でも笑えます






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スウさんへ♪

カギコメになってますが
v-6からとの事なので
こちらでリコメをv-221

ヨンベってやはり 
しっかりした子ですよねv-410
言い換えれば
ちゃっかりした子v-364とも
言えるなぁ~v-353なんて 笑

私にはヨンベのような勇気は
出せませんv-290

叶えられなかった夢が
私もあるのですが・・・
今更ながらコレを読んで
思い出してしましたv-363
ほんとに今更v-362ってかんじv-356
プロフィール

ユウ

Author:ユウ
管理人⇒ユウ
トン・ヨンベ氏の微笑みに
心を奪われて5年目・・・
YGファミリー大好き★

BIGBANGのBLOGをしていますが
ヨンベ愛の深さにより
「YBism」をスタート!!
B型ならではの不思議な彼の魅力をお届けしていきます♪

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